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昭和12年学会第2回研究発表大会のプログラム

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昭和12年学会第2回研究発表大会昭和12年学会の研究発表大会を来る令和元年(2019年)11月に実施いたします。 昭和12年学会の研究成果を披露する、最も重要な会です。
皆様奮ってご参加ください。
昭和12年学会第2回研究大会プログラム(ダウンロード版) 第2回研究発表大会開催概要 日時:令和元年(2019年)11月10日(日)    12時半開場、13時開会    18時半より懇親会開催
参加費:無料(昭和12年学会会員のみ参加可能)       (参加希望の方は事前の入会をお願いします)
会場:ベルサール神保町 Room3+4+5    東京都千代田区西神田3-2-1


神保町駅・九段下駅から会場までの地図 プログラム・登壇者のご紹介 ​<記載事項>      
演題 発表者名(専門) 生年 肩書 代表作

特別講演

倉山満 昭和12年の宮沢俊義 昭和12年学会論文1号

昭和12年学会論文1号
公開日:令和元年9月28日
著者:憲政史家 倉山満 Author: Mitsuru Kurayama, Historian of Constitutional Government
題目:昭和12年の宮沢俊義 Title: Toshiyoshi Miyazawa in Showa 12
論文要旨 宮澤俊義は、日本を代表する憲法学者である。戦前から立憲学派の優秀な憲法学者として知られ、敗戦後は憲法学の権威となる。現在の日本で宮澤の影響を受けていない憲法学者はいない。だが、宮澤の学説には多くの批判もあり、特に戦前と戦後で変節したと批判される。ただし、それほどの重要人物でありながら、戦前の宮澤の憲法学を検証した研究は少ない。
 そこで本論では、宮澤憲法学とは何だったのかを検証するために、四つの論点を取り上げる。
 第一の論点は、宮澤の憲法観である。そもそも宮澤は、憲法をどのように捉えていたのであろうか。戦後の憲法学の中心は、日本国憲法の条文の解釈である。しかし、宮澤にとって憲法典の条文は憲法のすべてではない。戦前の宮澤は憲法を論じる場合は常に、歴史と外国法との比較、政治における運用を重視した。そうした宮澤が身に付けた発想は戦後にも残っている。憲法は条文に何が書いてあるかだけでなく運用が重要であり、運用においては憲法を活かす法律が必要であると説いていた。こうした傾向は、宮澤の弟子たちには見られない。
 第二の論点は、天皇ロボット説である。天皇ロボット説とは、「日本国憲法下においては、天皇は現実に政治に影響力を発揮してはならない」とする説のことであり、今では日本政府の公式見解となっている。この説は、世界の立憲君主制の常識とは乖離した特異な学説であるが、それを宮澤自身も自覚していた。青年期の宮澤はフランス憲政史の研究者としても知られていたが、第三共和政における大統領制から天皇ロボット説の着想を得た。
 第三の論点は、八月革命説である。八月革命説とは、「革命の定義は主権の変更である。大日本帝国憲法は天皇主権だったが、昭和二十年八月のポツダム宣言受諾と日本国憲法制定によって国民主権となった。よって、日本国憲法制定は八月革命である」とする説である。この説は現在の憲法学の通説だが、批判も多い。では、宮澤は八月革命の着想を、どのように得たのであろうか。通説が言…